リフレクソロジーの変遷(台湾編):リフレクソロジーを学ぼう

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リフレクソロジーは、日本で数年前から急激に認知度が上がって来た言葉です。今では大手がチェーン展開しており、個人サロンも増加の一途です。リフレクソロジーは今最も人気の高い「癒し」業と言えるかもしれません。特に、近現代のストレス社会では、ヒーリング、癒し、ストレス解消といったキーワードに関わる業種、健康法などが注目されているため、リフレクソロジーの需要が今後もさらに高まる可能性は高いでしょう。 リフレクソロジーが世間に広まると言う事は、私たちリフレクソロジーセラピストの質が問われると思います。そこに私の経験が少しでもお役に立てれば幸いです。

リフレクソロジーの変遷(台湾編)

欧米起源以外にも1980年ごろから置きた台湾でのブームについて述べておきましょう。
この台湾でのブームのもとは、スイスのマサフレット女史の考え方が主となっていると言われています。

台湾ではリフレクソロジーのことを「病理按摩」と呼んでいますが、どうして、台湾でスイスのリフレクソロジーが?という経緯を不思議に思う人もいるでしょう。台湾でリフレクソロジーを広めた人は、若石氏だと言われています。

この若石氏、実は、Josef.Eugsterという名のスイス人の神父なのであります。キリスト教のカトリック伝導のため、「呉若石」という中国名を使い、台湾で布教活動をしていました。若石氏本人が、数年来の膝の関節リューマチを患い、多数の治療法を試みたものの改善しない事に悩んでいた際(1977年頃)、同じくスイス国籍を持つ別の伝導師からマサフレット女史のリフレクソロジーを勧めら、3日もすると症状が改善されてきたのを体験したのがきっかけでした。

彼は、その後、マサフレット女史の著した「Gesund in die zukunft(Good Helth For The Future)」を「病理按摩」として翻訳出版し、彼なりの方法としてキリスト教の博愛精神からミサなどで出会った病気に苦しむ人々に広めていったのです。


それがマスコミで報道されたことが、台湾でのリフレクソロジーブームにつながっていった、というのがその経緯です。

若石氏本人は、その後台湾を離れエルサレムに移り住みますが、その後も、足反射など研究していた陳茂雄氏や、東洋医学の治療や薬剤師をしていた陳茂松氏兄弟の手により、1982年国際若石健康研究会が台北で発足したのであります。ここで、現在の「若石健康法」の理論体系が構築され、ヨーロッパ、アメリカ、日本、香港などでの普及活動により世界各国に広まりました。

日本では、1985年「21若石健康研究会」が作られ、1990年若石健康法学術検討会東京世界大会が開催されたことがきっかけになり、多くに知られることとなりました。1999年には、国際若石リフレクソロジー学院も開講しています。







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